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第5回 変化

前回の投稿からずいぶんと期間が空いてしまった。所詮この程度の人間なのだということでご理解いただきたい。今回も全くもってまとまりなく、つらつらと。

冒頭に対する言い訳ではないが、時が経つのは早い。ひとつきなどあっという間に経ってしまう。いや、あっという間に半年、一年、十年と過ぎていく。本当に時が経つのは早い。昔を振り返ることが増えたのは、歳をとった証拠とも言えようか。私も来月でもう22歳になろうかとしている。振り返れば22年間、あっという間だった。

時が経つと、そこには移り変わる景色がある。目に映るすべてのものが、時と共に形を変えていく。…とまでは言わない。いくら時が経とうとも、揺らぐことのないものもある。それは良くも悪くもあるが、その頑固ともいうべき不動の心持を、私としては見習いたいものだ。そしてまた反対に、多くのものが時と共に変化する。諸行無常の響きあり。

様々なものが変化する。もちろん変化といっても、良い方向への変化と悪い方向への変化があるし、ただただ変化したというだけのものだってある。小学校時代に一緒に竹馬に乗って遊んだ男の子が、今では暴走族の総長。初恋のあの女の子が、今では結婚して一児の母。この間中学校を卒業したばかりの私が、近々その中学校へ教育実習へ。そんなことは、時が経つことで簡単に引き起こされるごくごく自然な変化だ。

時と共に変化するものの一つに、人の心がある。人の心は目には見えない。でも人の心の変化は、非常に鮮明に見える。たとえば、忘れるという行為。これも人の心の変化の一つと考える。その時感じた大きな感動、それは喜びだったり悲しみだったり、それらは時と共に忘れ去られてしまう。今日昼食に食べた生姜焼き定食が美味しかった。しかしこのことを、一ヵ月後の私はいちいち覚えてなどいないだろう。

時が解決してくれる。そんな言葉があるが、それもまた、時による変化がもたらす産物だ。時が経つことで人の心に変化が起こる、忘れる。それによって解決が生み出される。そのようなことは意外に多い。そして、人の心の変化、忘れるという行為。この行為は、いわゆる「もみ消す」という行為にも繋がることを最近強く感じる。

人の心は変化する、忘れる。それを利用して、自分にそして周りに嘘をつくことができる。覚えているのに忘れたフリくらい、誰にでもできることだ。そしてそのことがもし、かなり時をさかのぼるようなことだったら、その忘れたフリに対して周りの人が追求することが少なくなる。むしろ、大昔のことを追及することはタブーとすらされている感がある。時の変化に任せて「もみ消す」のは、非常に残念なことだ。できる限りそのような形での変化の利用は避けていきたい。

昔はよかった。そんなことを思うことが良いのか悪いのか。一概には言えない。時と共に様々なものが変化することを憂う。それもしょうがない。この変化は時が経ったのだから当たり前なのだ。そういう風に変化を正当化する。それもこれも、自然な行為なのだろう。昔を振り返り、変化を感じる。良くも悪くも変化している自分と周り、それに気付く。

そうやって、歳をとっていくのだろう。
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